
本日の記事を読み進める前に、一つ断っておかなければならない。
この記録は、本校のある学年担任が心酔する作家・東野圭吾氏の作風にインスパイアされたものである。氏の「読みやすさ」と「物語の引力」を両立させた卓越したストーリーテリング。そして「一度読み始めたら止まらない」世界観を、HPという場を借りて表現できないか――そんなリスペクトから生まれた試みである。
さて、四月の陽光の下で繰り広げられた「遠足」という非日常の延長線上に、どのようなドラマが潜んでいたのか。その一日に光を当ててみたいと思う。
審判の日、バスは山を越える
曇り空ではあったが、雲の合間から漏れ出す鈍色の光が、大型バスのフロントガラスを容赦なく射抜いていた。
誰もが浮き足立つ「遠足」という名の狂騒曲。
だが、その喧騒の裏側で、見えない歯車が静かに回り始めていることを、この時の生徒たちはまだ知らない。
今回の目的地は二箇所。
坊ちゃん劇場、そしてりんりんパークー。
一見すれば、文化と自然を享受するレクリエーションだ。
しかし、目的地へと続く道は、まるで逃れられない運命を暗示するように、淡々とアスファルトを伸ばしていた。
運命の鎧:白き花が隠した真実
バスは鈍い音を立てて停車した。 目的地、坊ちゃん劇場。 そこで上演されるのは、第18作ミュージカル『新鶴姫伝説』〜鎧に白い花を〜。
一見、歴史の荒波に翻弄された少女の悲恋物語に見える。だが、この演目が真に描き出すのは、周囲の目に惑わされることなく、自らの信じた道を歩もうとする一途な意志である。
鉄の鎧と、乙女の鼓動
舞台の幕が上がると、そこには戦国という名の巨大なシステムが構築されていた。
争いが絶えない時代にありながらも平和を願い、自分に課せられた使命を果たすため前に進み続けた鶴姫。
「戦の勝敗より、もっと大事なものがあるはず」
客席の隅で、一人の生徒が舞台上の鶴姫と視線を重ねる。
観劇を終えた生徒たちは、劇場の外に出ても、まだ耳の奥に残る旋律を振り払うことができない。
第二の舞台:りんりんパークー
バスは再び走り出し、西条市へと滑り込む。
錦鯉が優雅に泳ぐ池、そして豊かな緑。一見、平和そのものの光景だ。
生徒たちは各自がもってきた昼食を頬張り、束の間の休息を楽しむ。
しかし、彼らの笑顔はどこか危うい。
遠足という「非日常」が終われば、再び「日常」という名の複雑な数式を解かなければならないからだ。
終幕に向かって
帰路のバス車内。 疲れ果てて眠る者、今日の出来事に思いを馳せる者。
曇り空の下、車内は淡い灰色に沈み、しんと静まり返っている。その停滞した空気の中にいると、まるで時間が止まったかのような錯覚を覚える。
今回の遠足で、彼らは何を得たのか。
バスが学校の門をくぐった時、この物語は完結するのではない。
明日から始まる、より過酷な「人生という名の迷宮」への、単なる序章に過ぎないのだ。
「事実は一つだが、真実は人の数だけある。……さて、君たちは今日、何を見た?」
あとがき
本日のブログ記事は、いささか趣向を変えて綴ってみた。
最後になったが、この一日の舞台裏を支えてくださった方々に、心からの謝意を表したい。
我々を安全に運んでくださったバスの運転手の方。 『新鶴姫伝説』という圧巻のミュージカルを届けてくださった坊ちゃん劇場の皆様。 そして、穏やかな休息の場を提供してくださったりんりんパークーのスタッフの皆様。
皆様という「観測者」がいてくださったからこそ、生徒たちの物語は滞りなく進むことができた。
「感謝という感情は、言葉にした瞬間に完結するのではない。それを胸に、明日をどう生きるかというエネルギーに変換されてこそ意味がある」
……そんなフレーズを反芻しながら、本日は筆を置くことにする。
